求人段階における統一教会信者の排除は簡単ではない(追記あり)

anond.hatelabo.jp

 

この増田は鋭くて、自分もあまり明確に意識できていなかった問題点を教えてくれた。ありがたい。

で、これにトラバやブコメがたくさんついているが、誤解や古い知識に基づいた意見が見られるので、これを放置しておくと多分よくないなと思って簡単に2点指摘しておく。

 

まず誤解から。

憲法の私人間効力に関する間接適用説から増田の立論を根拠づけようとするブコメが人気になっている。

旧統一教会信者の採用拒否は差別じゃないの?

正しい憲法理解(間接適用説)の上で書かれた冷静な記事。相手の信教などで差別しないのは採用にあたっての基本。責任を問えるのは問題行動を起こしたときのみってのが現行法の枠組みだね。反社認定できるなら別

2022/08/18 14:30

b.hatena.ne.jp

これは、おそらく判例の立場(三菱樹脂事件最大判昭和48年12月12日民集27巻11号1536頁)と同じ間接適用説と考えられる。

www.courts.go.jp

 

が、同判例は、簡単にまとめると、間接適用説を理由に、思想について質問することを正当化したもので、増田の立場とは正反対の結論になっている。判例の論理構造を要約すると以下の通り。

判例における事例は、採用募集への応募者が違法な学生運動に参加していたが、身上書にその記載をせず、面接時の質問でもこれを秘匿したというものである(判例では、これらをまとめて「調査」と称しているようである)。

これに対する判断は、

①会社の調査が応募者の思想調査になっていることは否定できない。

憲法は国や地方公共団体の統治活動に対する個人の権利保障をするためのものであるが、会社を国等と同一視して一方的な支配を及ぼしているとすることはできないから、私人間に直接適用はできない。

③もっとも、立法措置や民法の信義則違反、公序良俗違反、不法行為規定の適用による調整は可能である。

④雇用者は憲法22条、29条による経済活動の自由に根ざした契約締結の自由を有しているので、法律上の制約がない限りは雇入れ条件を自由に設定できる。

⑤そのため、会社が応募者に対して行った「思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであ」る。

なお、差し戻し審で和解になったのは、本件が試用期間経過後の本採用拒否であり、これが解雇に該当することから、使用期間経過後の(従って通常の解雇よりも緩和された条件での)解雇が客観的に合理的な理由を有するかについて事実審での審理を続けた結果であると考えられる。

 

次に、古い知識に基づく意見について。

上記三菱樹脂事件を理由にして思想信条による採用拒否を正当化するブコメも人気になっている。

旧統一教会信者の採用拒否は差別じゃないの?

思想・信条を理由とした採用拒否は違法ではない、とされている。「三菱樹脂事件」を参照すべし // 自民党所属の議員に「共産党員ですが働かせて下さい」と申し込んで門前払いを食らうのは、増田としてはアウトなの?

2022/08/18 14:32

b.hatena.ne.jp

確かに、三菱樹脂事件判例が出てしばらくはこの通りだったが、平成11年の職業安定法改正及び平成11年労働省告示第141号により、求職者の思想信条を収集することは、職業安定法5条の4によって原則として禁じられることとなった。

www.jil.go.jp

www.mhlw.go.jp

 

もっとも、これには例外があり、「ただし、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでない」とされているので、統一教会の信者である、あるいはそうでないことが業務の目的の達成に必要不可欠である場合は、本人から聞くことは許されるということになる。

そこで、例えば議員秘書ともなれば議員に準ずる廉潔性が求められるから、反社会的行為を繰り返す団体に属する者の採用は認められないため、旧統一教会に入信しているか確認する必要がある、という質問の仕方であれば許容されるのではないかと考えられる。これを一般企業に広げたり、統一教会が反社団体だからとして一律排除するのは相当困難となろう。

その意味で、カルト団体の認定を法律によって行い、憲法上可能な範囲で就業制限規定を盛り込むのは、就業拒否の根拠を明確化し、紛争の危険を排除する意味で非常に有効だが、他方、そのような法律がなければ旧統一教会信者を排除することは不可能であるという意見もいささか極端といえよう。

 

(追記)

求人段階における統一教会信者の排除は簡単ではない - allezvous’s blog

職安法が禁止してるのは、「職業紹介事業者」による「収集」→使用者が応募者に対して、その思想信条その他の情報を収集することは、法律上、禁止されていない(厚労省は「適切ではない」とはしてますが)ので要注意

2022/08/19 14:49

b.hatena.ne.jp

非常にいい指摘をいただいたので追記する。確かに、職安法5条の4の規制を受けるのは、「公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者」であって、使用者全てではない。ただ、直接労働者の募集を行う使用者はここにいう「労働者の募集を行う者」、職業紹介を解して労働者の募集を行う使用者は「求人者」に該当するので(厚労省職業安定局の平成30年1月付「募集・求人業務取扱業務要領」参照*1)、使用者が募集を行わずして労働者と雇用契約を締結しようとする場合、例えば使用者が求人広告を全く出していないときに、雇用を希望する者が事業所に飛び込みでやってきてそのまま面接が始まるような非常に限定的な場合に限って、同法の規制が及ばないと解すべきと考える。厚労省ガイドラインである「公正な採用選考の基本」でも、同規制について、「(注:これらの法令中の「公共職業安定所等」「職業紹介事業者等」には、「労働者の募集を行う者」も含まれます。)」の注記がある*2

この点に関し、多数のサイトの解説では、採用においては思想調査も許されると断言し、労働政策研究・研修機構も言葉を濁したりしているが*3、ちょっと調査が甘いのではないかと感じる(厚労省の書き方も悪いが)。