偉大なる作曲家十選(クラシック限定)

nix in desertis:偉大なる画家十選

が面白かったので、クラシック作曲家で10選を作ってみた。ただし、作品の完成度を重視しすぎると収拾がつかなくなる、あるいは完成度の指標では比べられないので、音楽史上の重要性が主たる基準となった。結果的には完成度の高い作品を残した作曲家が並んだが。

個人的にはメシアンプーランクをねじ込みたかったが、どうやっても無理だった(当たり前)。

 

 

1 ギヨーム・デュファイ

中世音楽を発展させてルネサンス音楽に導いた。ミサ曲は従来3声だったが、4声を導入したのは彼。この4声の考え方は西洋音楽のイロハのイで、現在の和声法でもソプラノ・アルト・テノール・バスの4声に受け継がれていると思うと、とんでもない影響力である。

ただし、音楽は中世音楽を聞き慣れていないとピンとこないと思う。私はよく分かりません。

 

2 ジョヴァンニ・ピエルルイージ・ダ・パレストリーナ

ルネサンス時代の人で、通称「教会音楽の父」。パレストリーナは彼の生地の地名で、本当は名前ではない。ヴィンチ村のレオナルドくんと一緒。カトリック四大聖堂のうち3つの楽長を務めた経験を持つ。

彼の影響は対位法の教科書に残っている。現代の音大で学ぶ対位法は、18世紀にフックスがパレストリーナの曲を分析して理論化したものが受け継がれている。パレストリーナを実際聴くと、対位法の課題そのままみたいな曲では必ずしもないが。

 

3 クラウディオ・モンテヴェルディ

ルネサンスバロックの橋渡しを行い、現在でも上演される最古のオペラ「オルフェオ」を作曲した。しかも、「オルフェオ」は、各声部に楽器の指定が割り振られた最初の曲と言われ、オーケストラの元祖でもある。

現代に近づくに従って作曲家のやりたい放題になっていったと思って音楽史を遡りながら聴いていくと、この人かジェズアルドあたりで曲調の激しさに面食らう。

 

4 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

バロックの総決算になった人。ポリフォニー時代とホモフォニー時代の境界線と断言すると少し言い過ぎだが、確実に1750年に線引きはされていると思う。音楽の教科書ではだいたいヘンデルと並んで紹介されるが、後世への影響はどう考えてもこの人の方がはるかに上。シューマン以下多くの名だたる作曲家がBACH主題を用いているところからも、彼がもたらした影響力の大きさを垣間見ることができる。クラシック以外の音楽にも影響を及ぼし続け、近年でもイングヴェイの迷言を生んだりしている。

それほど偉大でも死後しばらくは前時代の遺物扱いされており、メンデルスゾーンマタイ受難曲を蘇演するまでは、一部の好事家(ハイドンとかモーツァルトとかベートーヴェン)以外には見向きもされなかったというのが恐ろしい。曲が複雑すぎたのが悪いんや…

純粋な音楽面以外でも、彼の息子たちがウィーン古典派の基礎を築くのに多大な貢献をしており、嫁のアンナ・マグダレーナ共々偉大である。なおPDQバッハは一部好事家の間で有名だが、彼の一族とは関係ない。

 

5 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

古典派とロマン派の橋渡しをした。交響曲を音楽の最重要ジャンルに押し上げた、交響曲第5番と第6番で絶対音楽標題音楽の対立のきっかけを生み出した、第9番でオーケストラの拡大傾向を推し進めたなど、後世への影響では枚挙にいとまがないが、最も大きいのは、作曲家が教会や貴族から自立して作りたいものを作るというスタイルを確立したことだろう。モーツァルトが金に苦しんだことは映画「アマデウス」でもしきりに描かれるが、ベートーヴェンは割と余裕があった。モーツァルトも生まれるのが10年遅ければ違っただろうが。

ぼさぼさ頭で浮浪者まがいの服装で街をうろつき、作曲家の変人イメージ醸成にも寄与している。

 

6 フランツ・リスト

当代随一のヴィルトゥオーゾにして元祖アイドル。ショパンとともに前期ロマン派の旗手となったが、晩年の作品も音楽史上の影響力を有している。「エステ荘の噴水」は、近代音楽の傾向を先取りする調性感の希薄さで、ドビュッシーラヴェルに影響を与えている。また、リストが生んだ交響詩は、リヒャルト・シュトラウスら多数の作曲家によって採用された。

 

7 リヒャルト・ヴァーグナー

音楽界を真っ二つにし国を一つ傾けた後期ロマン派の大問題児。性格の悪さはしばしばネタにされるが、それも音楽への情熱ゆえ。ベートーヴェン標題音楽・拡大傾向をとことん追求し、しまいには4夜連続で上演しないと終わらない巨大な曲まで作り上げた。彼の妄想とエネルギーはワグネリアンと呼ばれる熱狂的な信者を多く生み出し、これに反発し絶対音楽を至高のものと主張するアンチワグネリアンとの間で激烈な抗争を繰り広げた。アンチの筆頭として祭り上げられたのがブラームス

世界で最も有名なワグネリアンアドルフ・ヒトラーなので、音楽史以外の影響を考慮に入れるなら、ヴァーグナーが史上最大の音楽家と言えるかも知れない。

なお、楽劇「トリスタンとイゾルデ」で用いられた通称「トリスタン和音」が調性の崩壊、ひいては現代音楽誕生の先駆けとされることが多いが、ヴァーグナーが調性の崩壊を意図していたかは疑わしいので、その説は採らない。

 

8 クロード・ドビュッシー

若い頃はワグネリアンだったが、長じると反発し、リストやムソルグスキーなどの影響も受けながら、印象主義音楽を生み出した。自らの表現を音楽に表すためには禁則も容赦なく破って不協和音を多用し、パリ万博で出品されたガムラン由来の全音音階もちりばめた。結果としてホモフォニーの土台である調性を崩壊させることとなったが、表現が優先された。

教科書において、印象主義の項で述べられるのはほとんどドビュッシーラヴェルのみだが、調性崩壊の傾向と相まって、印象主義の手法はその後の多くの作曲家が採用するところとなった。

 

9 アルノルト・ シェーンベルク

十二音音楽を編み出し、本格的に調性を崩壊させた張本人。彼以降、いわゆる現代音楽の時代に突入することとなった。弟子のベルク、ヴェーベルンとともに新ウィーン楽派を形成し、無調の時代を先導した。

個人的には、椅子に座ってじっと聞くのが苦痛に感じる曲が増えてくるが、絶望、孤独、焦燥といった負の感情を表すのには適切な曲も数多いので、音楽の表現力の拡大には間違いなく寄与している。

 

10 イーゴリ・ストラヴィンスキー

後期ロマン派、原始主義、新古典主義、セリー主義とその作風を次々に変えていった通称「カメレオン」。初演時に客席で殴り合いが発生した伝説を持つバレエ音楽春の祭典」は、彼の代表作として教科書に取り上げられ、実際ホモフォニーの崩壊に寄与しているが、ここでは新古典主義時代を象徴として重視したい。ストラヴィンスキー新古典主義を前面に押し出したのは十二音音楽全盛期であり、調性の崩壊とは対立する方向性だった。新古典主義も十二音音楽もその後廃れたが、様々な様式が並立して全体的な潮流を見いだせなくなった現代音楽の時代の象徴としては、調性という一大テーマで対立する十二音音楽と新古典主義は並び立つのではないか。

 

11 選外

・ペロタン

名前のインパクトが強すぎて曲もろくに聴かないのに記憶には残る人。ルネサンス初期の作曲家で、一応名前が残っている作曲家では最古の人だが、さすがに古すぎて後世への影響がどこに残っているのか判別しがたかった。

 

ジョスカン・デ・プレ

ルネサンス音楽の頂点を極めた人で、デュファイとともにパレストリーナの時代の北イタリアに大きな影響を及ぼしたそうだが、それならデュファイだけでいいやとなり選外。ルネサンスに2枠を使う余裕はなかった。

 

・アルカンジェロ・コレッリ

協奏曲の形式を確立したバロック時代の作曲家。本当はストラデッラという人が最初に合奏協奏曲を書いたが、いかんせん現代では名前が埋もれてしまったのでこちらで。とはいえ、合奏協奏曲は古典派の頃には廃れてしまい、代わりに独奏の協奏曲が流行したので、影響力の面で選外。

 

アントニオ・ヴィヴァルディ

独奏協奏曲を作り上げ、急-緩-急の協奏曲形式を確立した。これは後に交響曲の形式の基礎ともなっている。ただ、協奏曲そのものはコレッリが作ったので、やや弱い。

 

・ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル

やっぱりバッハには勝てなかったよ…

 

・フランツ・ヨーゼフ・ハイドン

 言うまでもなく交響曲弦楽四重奏曲の父で、元祖ウィーン古典派としてモーツァルトベートーヴェンに多大な影響を及ぼしているが、さすがにベートーヴェンの残した足跡には一歩譲る。人数の少ない古典派から2人というのもどうかとも思い、モーツァルトとともに選外。直前にバッハがいたのも影響して、どうしても影が薄くなりがちになる。

 

フランツ・シューベルト

前期ロマン派の歌曲王。動機労作でメロディーを作ったベートーヴェンとは対照的に流れるようなメロディーを作り、シューマンを始め独墺圏内での影響は幅広いが、音楽史において何か新しい時代の流れを作ったかというとそこまでではないので、10人からは漏れた。

 

フレデリック・ショパン

前期ロマン派の中でも先進的な語法を追求したピアノの詩人。とにかくピアノ一本槍で様々な表現を生み出した功績は大きい。ただ、リストと一緒には入れづらく、どちらか二択となった。リストは晩年の実績があるので、ショパンが選外。

 

ヨハネス・ブラームス

アンチワグネリアン筆頭。ただし本人はヴァーグナーの音楽に好感を持っていたらしい。ベートーヴェン伝来のガチガチの様式感にロマン派の薫りを乗せた。交響曲第4番の短3度アルペジオによるメロディーは、シェーンベルクが十二音音楽を生み出すきっかけになったと言われる。ドヴォルザークにも資金援助をして互いに影響し合っていた。ただ、音楽史全体の流れからすると、表現過多の潮流に抵抗を見せた一人に留まり、影響力はそこまでではないという評価が妥当か。

 

ニコライ・リムスキー=コルサコフ

ロシア五人組の一人にして、チャイコフスキーらヨーロッパ的なモスクワ楽派に対する国民楽派と呼ばれた一派の重要人物。人一倍真面目で心優しい彼の存在がなければ、ムソルグスキーボロディンの作品は埋もれたままだった。国民楽派はロシアを皮切りに各国で大きく育ち、リムスキー=コルサコフ自身もペテルブルク音楽院の教授としてグラズノフストラヴィンスキープロコフィエフレスピーギなどを育てた。また、リムスキー=コルサコフの卓越した管弦楽法は、ラヴェルを初めとした多数の作曲家に模範とされている。

しかしながら、国民楽派を後期ロマン派の一派と数えると、どうしてもヴァーグナーには勝てない。また、国民楽派自体は各国で自然発生的に生じたので、影響力をそこまで大きく評価できない。

 

モデスト・ムソルグスキー

  同じくロシア五人組の一人にして国民楽派の重要人物。没落貴族の小役人でアル中(死因も酒)だったため残した曲は少ないが、野性的な和声がドビュッシーラヴェルに影響を与えた。国民楽派の中では2番手だがヴァーグナーには(ry

 

ジョルジュ・ビゼーまたはピエトロ・マスカーニ

一般庶民の日常の描写や残酷描写を多用するヴェリズモ・オペラの先駆者たち。定義に即しているのはビゼーの「カルメン」が先だが、これがヴェリズモ・オペラと呼ばれることはない。マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」がヴェリズモ・オペラ第一号と見なされるが、「カルメン」ほどの斬新さはない。結局どちらかに絞りきれなかったのでまとめて選外。

 

ジュゼッペ・ヴェルディ

イタリアオペラの金字塔を何本も打ち立てた、イタリアの英雄。オペラ史を語るには欠かせない人だが、イタリア国外への音楽史的影響がどうしてもネックになる。また、ヴェルディを入れるならロッシーニプッチーニも入れないとおかしいのではとなってしまい、あえなく選外。すまぬ。

 

カミーユ・サン=サーンス

世界で最初に映画音楽を作った人。クラシックが現代音楽の迷路に入り込んだ現在、それ以前のクラシックの流れを最もよく受け継ぐのは映画音楽とも言える。その先鞭を付けたが、この人のおかげで映画音楽がクラシックの流れを引くようになったわけでもない。

 

山田耕筰

非ヨーロッパ文化圏において世界的に有名になった最初の作曲家。とはいえ、後世への影響は日本国内に留まるだろうから、10人には入れがたい。

 

・モーリス・ラヴェル

ドビュッシーとほとんど並立している印象主義の作曲家だが、無調への近さでドビュッシーが勝った。「ボレロ」はミニマリズムの元祖と言えるかも知れないが、ミニマリズム自体そんなに大きい流れじゃないからなあ。久石譲とかいるにしても。

 

オリヴィエ・メシアン

十二音音楽をさらに発展させ、音高だけでなく音価、強弱、音色も均質化させたトータル・セリエリズムの発案者にして、現代宗教音楽の第一人者。かつコンセルヴァトワールの教授としてブーレーズシュトックハウゼンクセナキス矢代秋雄加古隆らを育てた。ただ、トータルセリエリズムにしたって現代音楽の一派に過ぎないから、やっぱり10人に入れるのは無理があるよなあ…

 

ジョン・ケージ

現代音楽の極北。音を出さない音楽とかいう訳の分からん曲を書いた人としてつとに有名で、そのほかにも一切の恣意性を排除した偶然性の音楽など、絶対音楽の極致とも言える音楽を発案した。また、音楽業界以外に多大な思想的影響を及ぼした。ただ、音楽史においては、作品の知名度は高いものの、さらに発展させようがない方向に突き進んだ、やるだけやりきっただけの人と言わざるを得ず、影響力の面ではそこまで高評価できない。あと音楽とは何一つ関係ないけどきのこ大好きで有名。

 

 《以下追記》

ジョン・ダンスタブル

忘れてた人その1。中世とルネサンスの端境期に生きた人で、それまで完全音程しか存在しなかった音楽に3度と6度の和音を持ち込んだ。すなわち長調短調を生んだとも言える。デュファイとダンスタブルのどちらか一人だけを選ぶのはもしかしたら無理があるかも知れない。

 

・ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト

忘れてた人その2。誰もが知るウィーン古典派の巨匠。ベートーヴェンショパンらに大きな影響を及ぼしたが、ハイドンのように新ジャンルを確立していない点で、古典派の中では三番手扱いとさせていただく。

 

エリック・サティ

 忘れてた人その3。後期ロマン派時代の偉大なる変人。対位法と和声法の規則をあえて無視し、さらに教会旋法も導入して新しい響きを作り出した。3度集積の和声構造をぶっ壊し、規則的な拍子をぶっ壊し、調号をぶっ壊しとやりたい放題。かなり独特な人間性だったことも災いして商業的にはあまり成功しなかったが、ドビュッシーラヴェルらの印象主義や現代音楽に影響を及ぼしている。もしかしたらストラヴィンスキーと入れ替えてもいいかも。

 

・ピョートル・イリイチチャイコフスキー

忘れてなかったけど思い直した人。バレエ音楽界の大立者。ロシア人だが普通国民楽派には入らない。バレエ音楽はもともと単なるバレエの添え物で芸術性は求められていなかったが、チャイコフスキー以後、バレエ音楽はそれ自体音楽の一分野として独立を果たしたと言ってよい。チャイコフスキーがいなければバレエ・リュスもなく、ストラヴィンスキーの三大バレエもなかったかも知れない。ただし、一ジャンルの確立だけでは、10人に入れるにはやや弱い。ちなみに、かのベートーヴェン御大が「プロメテウスの創造物」というバレエの曲を書いている。御大ほんと何でもやってるな…

 

・ヨハン・ヨーゼフ・フックスとジャン=フィリップ・ラモー

いずれもバロック時代の作曲家だが、フックスは対位法、ラモーは和声法を理論化した音楽学者として著名。バロック以降の全ての西洋音楽の基礎を作り上げたと言っても過言ではない。かも。

偉大なる音楽学者十選ではないので、残念ながら選外。

 

ダルムシュタット夏季現代音楽講習会

第二次世界大戦終戦直後の1947年に発足した現代音楽の講習会。現代音楽の大半がここから生まれたと言ってよい。、セリー・アンテグラルのブーレーズ、トーン・クラスターのリゲティ、図形楽譜のクセナキス電子音楽シュトックハウゼンなど、よく言えば百花繚乱となった現代音楽の全体的な流れを作り上げており、個人の業績なら間違いなく十選入りしていた。しかし作曲家の集まりなので選ぶわけにはいかない。