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「音楽の母」が真にふさわしいのは誰

音楽

前記事で、「ガールズシンフォニー」にヨハン・ゼバスティアン・バッハ(以下「J.S.バッハ」)が登場したら「音楽の母」になりそうと書いた。もともと「音楽の母」だったヘンデルはどうなってしまうのか。*1

 

とはいえ、「音楽の母」ヘンデルというのは、どうやら日本だけの俗称らしい*2。いっそ別の人を音楽の母と呼んでもいいのでは。ということで、誰がふさわしいか考えてみる。

 


まず、なぜヘンデルが「音楽の母」と称されるかを検討するところから始める。「音楽の母」は、「音楽の父」と呼ばれるJ.S.バッハ*3と対になっていることが理由と考えられる。
すなわち、ヘンデルJ.S.バッハはバロック時代で有名な大作曲家のベスト2に挙げられ、しかもいずれもバロック末期、ということは古典派時代の直前の人だ。古典派音楽は、バロック以前と異なりホモフォニーが圧倒的な主流を形成した時代で*4、ホモフォニーが現代まで続いており、しかも古典派音楽が生まれた時代は産業革命と重なる。そこで、古典派の直前の大作曲家であったJ.S.バッハとヘンデルから古典派が生まれたとなぞらえて、J.S.バッハとヘンデルを(近代)音楽の父と母とした、というわけだ。

 ただ、ヘンデルJ.S.バッハに次いで有名と言っても、先頭が独走で2位争いは団子状態だ。バロック末期に限定しても、2位争いはヘンデルのほかに、テレマン、ヴィヴァルディ、ドメニコ・スカルラッティぐらいは挙げられる。あとラモーを入れてもいいかもしれない。曲の知名度では、いわゆるハレルヤコーラスを含むオラトリオ「メサイア」と管弦楽組曲「水上の音楽」を書いたヘンデルが頭一つリードしていると思われる。ヴィヴァルディはヴァイオリン協奏曲「四季」「調和の霊感」、テレマンは食卓の音楽を書き、D.スカルラッティチェンバロソナタを多数書いているが、曲が有名という点ではヘンデルに一歩譲る。なお、ヘンデルは「見よ、勇者は帰る」(運動会の表彰式の曲)を書いており、曲だけで判断するなら「天国と地獄」のオッフェンバック並みに有名だろう。

 ところが、彼らは全員男だ。男性を「音楽の母」と呼ぶのは、いかにもしっくりこない。せっかくなら女性を「母」と呼びたいが、バロック時代に女性作曲家がいるのか。100年ほど後のロマン派の時代でも、ロベルト・シューマンの妻のクララ・シューマンは、ピアノだけでなく作曲の才能もあったにもかかわらず、女だという理由で早くに作曲を止めたというのに。

1人いる。J.S.バッハの2人目の妻、アンナ・マグダレーナ・バッハだ。

彼女はJ.S.バッハの2番目の妻で、もとソプラノ歌手。夫との間には13人の子を作り、夫の楽譜の清書を長く手伝って、晩年にはどちらが書いたか一見区別がつかないほど似通った楽譜を書くまでになった。それだけではなく、J.S.バッハ名義の作品には、実はアンナ・マグダレーナが書いた曲があると言われる。しかも、最初の妻の子である長子ヴィルヘルム・フリーデマン以外の子供の教育も行い、カール・フィリップ・エマニュエル、ヨハン・クリストフ・フリードリヒ、ヨハン・クリスティアンと、音楽史に残る作曲家を3人も育て上げた。そして、言うまでもなく女性だ。

そうすると、アンナ・マグダレーナこそ「音楽の母」と呼んでも差し支えないのではないか。知名度は相当劣るが、夫に補ってもらおう。

その場合、ヘンデルを何と呼んだらいいか。劇音楽を得意とし、船遊びのために「水上の音楽」を書いた逸話も有名なので、「興行師」あたりでどうか。別にニックネームなどなくてもいいのだが。

 

もしアンナ・マグダレーナ・バッハのことが気になったら、いい番組が来週放送されるので、紹介しておく。

www6.nhk.or.jp

*1:LGBT的な何かからすると両親とも母でおかしくないから別にいいのだろうか。あのゲーム何でもありだからいいか

*2:英語mother of musicでもドイツ語Mutter von Musikでも、検索結果には全く引っかからない

*3:これは英語でも呼ばれているようだ

*4:ホモフォニーは和声音楽と和訳され、旋律と伴奏の構造になっている音楽。バロック以前は多声音楽と和訳されるポリフォニーが主流で、これは複数の旋律が同時に重ね合わさって演奏される音楽