「ららら♪クラシック」に別れを告げる日

「ららら♪クラシック」(以下「ららら」)の司会が交代するらしい。

 

http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/otherpress/pdf/20170216.pdf

 

このクラシック業界でも大して話題に上らない「ららら」は、NHKで放送されているクラシック音楽エンターテインメント番組だ。

 

www4.nhk.or.jp

現在の放送スタイルは、30分の枠で、オーケストラ曲に限らず古今のクラシックの名曲を抜粋して解説を加えるというもので、初心者向けの作りになっている。

しかしながら、従来のテレビでのクラシック番組に比べると、「ららら」には格段に優れている美点がある。「ららら」には、時間の都合上一部しか触れられないものの、楽曲の解説が含まれている。これは、従来のクラシック番組にはなかった要素だ。従来は、曲目解説といいながら、その呼び名に反して楽曲そのものはほとんど解説せず、作曲者の人生ばかり解説することが頻発し、今ひとつ満足できなかった。

「ららら」では、例えば、J.S.バッハゴルトベルク変奏曲」では、テーマがどのように変容して曲中で用いられるかが楽譜とピアノを用いて解説され*1ガーシュウィンラプソディ・イン・ブルー」では、音階の第3音と第7音を半音下げるブルーノートがどのような効果を生むか検証するため、曲の一部がブルーノートのありなし両方のパターンで演奏され*2、サティ「ジムノペディ第1番」では、メジャーセブンスコードが生む空気感が童謡「ぞうさん」との融合によって実証される*3。こういう、ときに真面目でときにおちゃらけた、しかし理論に裏打ちされた芸を見せてくれる人は、今まで清水ミチコ以外に知らなかった。しかし清水ミチコはおそらくクラシックを取り扱えない。「ららら」は、知っている限り唯一無二の価値を持つテレビ番組だ。オンリーワンだ。

私はクラオタなので、初心者向けの番組を見ていると大っぴらに公言はしないし、「ららら」がクラオタ内で大人気だとはとても思えないので、誰かに話をふっかけることもしないが、「ららら」の楽曲解説を密かに楽しみにしている。

現在の「ららら」の出演者で、このコンテンツを実現する上で絶対必要なのは、司会の加羽沢美濃だ。彼女は作曲家であり、楽曲分析を行うスキルを持っているし、それを音にして表現するスキルも持っている。おそらく、彼女は司会だけではなく楽曲選定や構成にも深く携わっていることだろう。この番組には、もう一人の司会として石田衣良がおり、また毎回異なるゲストが来るが、石田衣良は番組構成上はっきり言ってただの聞き役に過ぎない。作曲家の人生が紹介される際に、時折含蓄のある風な発言をするが、こちとらそんなことは求めていない。ゲストに至っては、ピーター・バラカンが来るとき以外は邪魔以外の何物でもない。特に春香クリスティーンつるの剛士クリス松村が出るときは、テレビ画面の右半分を覆い隠したくなる。

とにかくそういうわけで、この番組は加羽沢美濃なしでは成立し得ない番組ということになる。某掲示板などでは、加羽沢オタとアンチが分かれては、下品な比喩を用いて番組を評論していた。石田衣良はほとんど空気なので、あいつはいらない、いや雰囲気作りとして必要だといった程度に言及されていた。ゲストはたいてい罵倒されていた。

 

そういった空気が世の中に醸成されていたところで、司会を交代するというNHKからのお知らせが来た。

 

そもそも、「ららら」は、日曜午後9時のNHK教育を長年陣取っていた名番組「N響アワー」が視聴率低迷によりリニューアルするのに伴って開始した。「N響アワー」は2時間番組で、N響定期演奏会をほぼ全て放送する贅沢な番組だった。視聴者の我々は、司会であった作曲家のなかにし礼池辺晋一郎西村朗による、含蓄のありそうなコメントと背筋も凍るしょーもないダジャレ*4に満足していた。クラオタはN響の無気力演奏を罵倒し、ときに名演が生まれれば「N響はやればできる子」と褒めそやした。

そんな「N響アワー」が終わると聞いた世のクラオタは絶望にうちひしがれると共に、後番組の「ららら」を、不安を持って迎え入れた。「ららら」は1時間枠しか与えられておらず、2時間ある定期演奏会はどこをどうカットしても番組の枠内に収まりそうになかった(追記:あとで教えてもらったが、N響アワーは1時間だった。すみません)。

「ららら」は、案の定大ブーイングを浴びた。1時間しか枠がないのに、その半分近くを楽曲解説に充てていたことが最も批判された*5。2時間クラシック音楽を聴こうと思っていたらその4分の1しか聴けないのだから、批判にはもっともな理由がある。おそらくそのような理由で、日曜夜9時の「ららら」は1年で終わったが、NHKは何をトチ狂ったか、N響定期演奏会を全て演奏する後番組「クラシック音楽館」を始めた。演奏によっては放送時間が2時間を大幅に上回る事態も発生し、クラオタはNHKの大盤振舞いに満足して、惨憺たる印象を残した前番組のことなど忘れ、N響の無気力演奏を罵倒する作業に戻った。その後、さすがにNHKも我に返って、いつしか2時間枠は復活したが、クラオタが文句を言うことはほぼなかった。

ところがそこで「ららら」は終わらなかった。土曜午後9時30分に移動し、時間を30分に短縮した上で続行された。

実は、「ららら」がクラシック番組に持ち込んだ新要素は2つある。1つは、前述のとおり、楽曲解説と言いながら作曲家解説に偏重していた従来の解説を改め、楽曲そのものの解説を実施したこと。もう1つは、管弦楽曲に偏重していた従来のクラシック番組を改め、ピアノ曲、声楽、オペラなど、様々なジャンルの曲を取り上げること。管弦楽曲の縛りを外せば、演奏に2時間もかかる曲などオペラと教会音楽以外にはほとんどないのだから、1時間しか枠を与えられなかったことによる苦肉の策かも知れないが、合理的な変更ではあった。歌曲やピアノ曲にあまりなじみのない多くのクラオタからは批判を受けたが、一部からは評価される点でもあった。

 NHKは、これらの要素を抽出して番組を作り直すことにした。全く英断というほかない。彼らは、「ららら」を、中途半端に演奏を聴かせる番組ではなく、クラシックの解説番組にしてしまった。演奏は番組の最後に組み込まれているが、これは解説のおさらいに過ぎない。おおむね5分以内に収まるよう、容赦なくカットされる。視聴者としても、解説番組ならどれだけカットされようが文句を言う筋合いもない。また、毎度の解説はテーマが3つ設定され、1つめは作曲家の人生、2つめは楽曲が作られた背景、3つめは楽曲解説というパターンがほぼ定着した。私はこのマンネリ構成と石田衣良のゆるい空気感に満足し、4年が経過した。

 

ところが、平成29年4月からは司会が交代する。加羽沢美濃がいなくなるらしい。石田衣良もいなくなるらしいが、彼は、番組の空気感に及ぼす影響はともかく、内容にはほぼ影響しないのでまあ仕方ない。しかし、加羽沢美濃がいなくなってしまっては、この番組が成り立たないではないか。誰が楽曲を選定して分析して演奏して解説するというのか。少なくとも、演奏と解説は出演者でなければ不可能だというのに。

聞けば、後任の司会は高橋克典牛田茉友だという。

誰だ。

もちろん高橋克典が「特命係長」の人だということぐらい知っているが、クラシック業界的には名前を聞いたことがない。これが石丸幹二なら、俳優兼クラシック歌手だからまだ分からなくもないが、彼は残念ながらテレビ朝日の「題名のない音楽会」で五嶋龍の後を襲うことが決まったばかりだ。数少ないクラシック番組枠を彼のために2枠も使うなど考えられない。一方、牛田茉友という人は完全に知らない。NHKのアナウンサーらしい。経歴を見ても、クラシックとつながっていそうな様子は一切ない。これで一体どうしろというのか。

この陣容で楽曲解説を残すとすれば、考えられるのは、「ブラタモリ」のように、司会は素人、解説者は毎回専門家が入る形式だ。これならいける。野本由紀夫先生あたりが、リストが晩年に至った枯淡の境地を得々と解説し、ピアノを弾いて解説する横で、最近クラシックに興味を持っているらしい高橋克典が口を挟み、アナウンサーが賑やかしになる。加羽沢-衣良-ゲストの並びが横滑りして解説-特命係長-アナウンサーの並びになるだけだ。「ブラタモリ」でいう解説-タモリ-近江アナの並びだ。完璧だ。

 

妄想はやめておこう。実際、「ららら」がお世辞にも人気番組とは言えないことは承知している。「ららら」がSNSで話題をかっさらったり、ヤフーのトップに上がったり、はてブの人気エントリに上がったりすることなど、ついぞ見たことがない。自分自身、はてブでブックマークしたこともない。だから、「ららら」にテコ入れの必要があるとNHKの編成が思ったとしても、何の不思議もない。NHKには、放送の度にtogetterまとめが作られる人気地質番組があったり、放送の度にtogetterまとめが作られるも4月以降の番組表から消えた人気モグラ番組があったりするが、「ららら」はこれらの人気番組とは違う。リニューアルは必然とも言える。

だからって、なんで加羽沢美濃を外すのだ。せめて、別の作曲家を入れて欲しい。池辺晋一郎ほど実績を有し話に含蓄がありダジャレのつまらない作曲家でなくてもいい、誰かいるだろう。これでは、N響アワーが終わると聞かされたときの二の舞だ。あのときとは違い番組名と長さは変わらないが、全く別の番組になりそうだ。悪い意味で。

もうクラシック番組の編成でこれ以上NHKに文句は言いたくない。マンネリもいいじゃないか。音楽のジャンルでクラシック以上にマンネリの似合うジャンルはない。だからお願いだ、加羽沢美濃をせめて番組構成で残してくれ。

そうでない場合、おそらくリニューアル後の「ららら」は罵声を浴びることになると思う。それが、「ららら」との別れの合図だ。我々は、テレビからまた一つ良質の番組が消え去った事実に涙することになる。「題名のない音楽会」やBSジャパンの「エンター・ザ・ミュージック」ではまるで代役にならない。もはや頼りはテレビにはなく、知っている限りでは池辺晋一郎先生の「音符たち」シリーズだけだが、先生ももういいお年なので、今「音楽の友」で連載中のメンデルスゾーンで終わってしまうかも知れない。先生頑張れ。せめてドビュッシーラヴェルまではやり遂げて欲しい。終わる頃には先生も80歳だけど。あと誰かいい類書を知ってたら教えて下さい。

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