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だからおとり捜査じゃねえつってんだろ(追記あり)

いや、おとり捜査なんですが。

言いたいのは、典型的なおとり捜査の問題点が理由となって無罪判決に至ったのではないでしょということです*1。以下の記事。

 

www.asahi.com

 

記事を要約すると、

・金儲けができると電話して現金を送らせようとした特殊詐欺

・被害者が不審に思って警察に相談し、だまされたふりをして現金の入っていない箱を郵送した

・被告人が何者かの指示を受けてマンションで待機し、配送業者のふりをした警察官から荷物を受け取って現行犯逮捕

という事実関係に基づき詐欺未遂で起訴されたが、無罪となったという事件です。

 

確かにおとり捜査です。判例も、おとり捜査の意義について、

「捜査機関またはその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するよう働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するもの」

としており(最決平成16年7月12日刑集58巻3号333頁*2)、ドンピシャです。

 

しかしながら、おとり捜査がよく問題にされるのは、それがいわゆる汚い捜査手法ではないかという点においてです。正義を実現すべき捜査機関が人を騙すとは何事か、ということですね。

この点については、前記判例最高裁としての立場を示しており、

「少なくとも,直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に,機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは,刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。」

としています*3

講学上、おとり捜査は犯意誘発型と機会提供型に二分されるとよく言われますが、犯人にもともと犯罪を行うつもりがなかった場合(犯意誘発型)には、おとり捜査を行うのは許されず、そのつもりがあったの場合(機会提供型)には、おとり捜査が許されるという理屈です。捜査機関が人を騙すことに変わりはないのですが、犯人の方がより悪いときには許される場合があるということです。おおむね学説上の支持も受けていると思います*4

許されないおとり捜査があった場合には、それによって得られた証拠を違法収集証拠として排除することになるでしょう*5。違法収集証拠排除法則(略して「排除法則」といいます)は、一般には憲法31条・38条及び刑訴法218条1項の趣旨によるものとされています。

 

このように、おとり捜査及び排除法則は、刑法ではなく刑事訴訟法上の問題です。刑事訴訟法上の問題とはどういうことかというと、犯罪そのものは存在するとしても、裁判の手続において証拠がないので無罪になるということです。犯罪はあるのに無罪とはおかしいと思う人がいるかも知れませんが、犯罪を立証するためなら何をしてもいいと捜査機関が思うのを防ぐため、手段をある程度抑制しているのです。

ここで記事に戻ると、判決理由は「(被害者が)詐欺だと気づいたうえで送った物を受け取っても、詐欺行為にはならない」ということですから、犯罪がないと言っているわけです。つまり、刑事訴訟法の問題にする以前に、刑法上、有罪にすることができないと言っています*6。すなわち、おとり捜査の問題ではないのです。

 

 

ここまでがタイトルに即して言いたかったことですが、ブコメには特殊詐欺の関与者全員が無罪みたいな理解をしてると思われるコメントがあるので、どうして本件の被告人が無罪になったか、他の関与者も無罪になるのかの話もしておきます。判決文がないので正確性は記事限りですが、この記事は判決を理解して書いていると見え、記事に意味不明な部分がないので、たぶん以下の理解で正しいでしょう。

 

記事によると、認定事実は、「男性が受け取りの依頼を受けたのは、女性が電話を受けた後で、詐欺行為について事前の共謀があったとは認定できない」、また「男性が事件に関与したのは、女性が被害に気付いて捜査に協力し始めた後だった」点を踏まえ「犯人検挙のために発送したものを受け取るのは詐欺の実行行為に該当しない」とのことです。

 

司法の関係者ならここでピンと来ます(ささやかな自慢)。「共謀」「実行行為」と並んだら、共同正犯の話です。刑法60条です。

 

刑法60条には、「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。 」としか書かれていませんが、実行していない者でも犯罪を共謀した者は共同正犯とするという、共謀共同正犯が確立しています。講学上、共謀共同正犯に対して、実行した共同正犯を実行共同正犯と呼ぶ習わしになっています。上記認定事実は、共謀共同正犯と実行共同正犯の成否を時系列順に検討したものとみるべきです。

 

共謀共同正犯の方ですが、事前に共謀がなければ共謀共同正犯の認定をできません。当たり前ですが、事後に共謀しても結果発生への寄与がないので犯罪になりません。

判決では、「何らかの犯罪行為に加担し、詐欺かもしれないという認識はあったと推認される」と、共謀成立までは認定できないものの、成立までもう少しと思っているようなので、高裁でこの点がひっくり返るかも知れないですね。

 

実行共同正犯の方は、いわゆる不能犯となっているので実行行為が存在しない、したがって実行共同正犯が成立しないということでしょう。不能犯は、故意があっても行為の性質上犯罪結果を生じさせる可能性がなければ犯罪は成立しないということです。

もう少し突っ込むと、「男性が事件に関与したのは、女性が被害に気付いて捜査に協力し始めた後だった点を踏まえ」たとのことなので、警察が関与して被害者に実際の被害が生じる可能性がなくなった、すなわち不能犯状態になった後に被告人の着手があったため未遂にもならないということでしょう*7

 

ここで大事なのは、おとり捜査が始まったために犯罪結果が生じる可能性がなくなったという理論になっていることで、つまり、おとり捜査が始まる前は犯罪結果が生じる可能性があったということです。おとり捜査が始まる前に本件の特殊詐欺に加わった者は、未遂犯としての処罰を受けることになります。よかったですね。

 

感覚としては、本件の被告人も特殊詐欺の一味なのにこいつを処罰しなくていいのかという気になりますが、たまたま被害者が気づいておとり捜査が始まり、しかもその後に被告人が関与を始めたレアケースということで処理すべきなのでしょうか。なんかもやもやします。

特に、「何らかの犯罪行為に加担し、詐欺かもしれないという認識はあったと推認される」という書きぶりからすると、本件でもやはり詐欺の故意は認定できなかったことになるのではないかという疑念が出ます。逆に、以前から詐欺の故意があったことを認定可能なのでは。

 

ちなみに、id:andalusiaさんが承継的共犯の判例を引っ張っておいでですが、本件は共犯が関与を開始したときすでに実行行為が存在しない事例なので、正確には少し異なるかと思います。承継的共犯が承継後の限度で責任を負うという意味では同じですが。

 

あと、id:fuka_fuka先生がメタブから我々有象無象を見守っているので、この記事にも容赦ない訂正をしていただけるものと思います。

 

追記
だからおとり捜査じゃねえつってんだろ - allezvous’s blog

こういうめんどくさい詐欺事件にはおとり捜査解禁するとかしないとだめかな

2016/09/13 14:05

b.hatena.ne.jp

本件は合法なおとり捜査をしてなお無罪という案件ですし、仮に犯意誘発型のおとり捜査を解禁したとしても無罪になる案件です。有罪にするには、本文で述べたように事実認定を工夫するか、過失犯も処罰するような法律を作るしかないと思います。といっても、過失犯の処罰はどこに限界を設定するか、冤罪を生まないか相当問題があるでしょうが。一応、被害者に詐欺を知らせない方法もあり得ますが、これは被害者が本当に被害を被る可能性を残したまま、いわば被害者を犠牲にして犯罪を摘発するおとり捜査となり、許されないのではないかと考えます。

 

だからおとり捜査じゃねえつってんだろ - allezvous’s blog

「おとり捜査」は刑事訴訟法プロパーの用語ではない。おとり捜査の場合に犯罪が成立するかは刑法でも論点の一つなので、実体法の問題だからおとり捜査の問題ではないという理屈は、ちょっとおかしい。

2016/09/13 14:49

b.hatena.ne.jp

確かにそうで、犯意誘発型のおとり捜査によって生じた実行行為の違法性ないし責任が阻却されるかという論点はあります。ただ、元記事のブコメが刑訴法の問題としておとり捜査を論じておりそれを否定するのが記事の主眼だったこと、おとり捜査の著名論点が刑訴法分野にしかないこと、実体法と手続法の二分法で説明すると非常にすっきりすることから、こうさせていただきました。一方、本件のような、おとり捜査と不能犯の関係というのは従前論じられていなかったところではと思います。私の知識が古いのかも知れませんが。

*1:ブコメにも書きましたが、ほぼ誰にも理解してもらえなかったようです

*2:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50063

*3:本件のおとり捜査に被害者はいますが、最高裁は「少なくとも」として被害者がある場合を必ずしも排除していないこと、また被害者に実際の被害が発生するおそれがなければ被害者なき場合と同視してよいと考えられることから、本件のおとり捜査に問題はないものと考えます

*4:「おとり捜査全般がダメ」はさすがに言い過ぎじゃないですかね

*5:断言できないのが最高裁の怖いところ

*6:正確には、証拠を採用してから公訴事実の当否を検討するので、刑事訴訟法の問題のあとに刑法の問題が来る

*7:この点、自分のブコメでは幇助犯の成立を認めてもいいのではと書きましたが、正犯が不能犯になった後に共犯者が加わっても幇助犯が成立するわけはないので、改めます